照明デザイナー 東海林弘靖ができるまで

新社会人の皆様、1年目の春いかがお過ごしですか?

春は始まりの季節です。
特に社会人としてのスタートは、人生に訪れる大きな節目のひとつなのではないでしょうか。私にも、もちろんそういう時期がありました。
そこで、今回は、勝手ながら私が照明デザイナーを志してから今日に至る長―いお話におつき合い願いたいと思います。

不完全燃焼の修行の日々そして、「10年早い!」といわれ続けて

これは1989年の私です。当時は仕事で徹夜をするのが楽しく、少々ワーカホリック気味の毎日でした。
私が建築学科の大学院を卒業して、社会人となったのは1984年4月のことです。
その当時、私は25歳、照明デザイナーを志し、とある照明器具メーカーに就職いたしました。
しかし、当時はまだ、「照明デザイン」という分野がしっかりと確立されていなかった時代です。照明という産業にかかわったといっても、その毎日は結構退屈な時間の連続だったのです。小さなお肉屋さんの改修工事のために膨大な資料作りを強いられたり、ひたすら先輩の撮ってきた照明写真を整理したり、顧客の名簿をコンピュータに入力したりと、これが照明デザインの仕事なのかと疑問を持ちながらの毎日でした。

その疑問を先輩にぶつければ「日本には照明デザイナーはいらないよ!」
などと叱咤され、半ば絶望と隣り合わせになりながらも、ただひたすら
「いずれ建築と照明を結びつける人間が必要とされる日が来る」と固く信じて仕事をしていたのです。

そうやって3年ほど過ぎた頃、ようやく照明デザインの仕事を任されるようになりました。しかし、ひとつの仕事に対して「最低3案は用意するように!」と上司から指示され、それがたまらなくいやだったのを覚えています。「なんで3案も必要なのですか?自分が最高だと思えるものをひとつ提案すればいいのではないですか?」と反論してみれば、「東海林君、プレゼンというものは、そういうものではないんだよ。3案あってはじめて納得できる、ということもあるんだよ。それを1案しか持って行かないなんて10年早い」と、諭されるのです。そのたびに私の不満は募るばかりでした。
そうそう、「10年早い」という言葉は、上司の口癖であったかもしれません。
今思えば、1年目も3年目も、そして5年目になっても、やはり「10年早い!」といわれ続けていまいした。
おそらく、私は年を重ねれば重ねただけ、生意気なことをいうようになったわけで、その都度、「10年早い」生意気なことを口にしていたのかもしれません。

ようやく来た腕を振るう日々

社会人としての、最初の転機は、このような鬱屈した日々を過ごしながらも7年目にしてようやくやってきました。
別の上司が設立した照明デザインの会社に転職するお誘いを受けたのです。
そこでの仕事は、本当に勉強になることばかりでした。照明デザインとは照明手法のアイディア比べではなく、建築をどう理解し、そこに光を用いることでいかにして美しい空間に仕立て上げるかである・・・ということも学びました。クライアントに対して自分の案をどうやってプレゼンテーションしていくか、そのためにいかに徹底的に準備するべきか、ということも知るようになり、それまでの鬱屈していた気持ちを吐き出すように、寝る間も惜しんで働き続けていたのです。これが32歳くらいの時でした。
幸い、ニューヨークの照明デザイン事務所に修行に行く機会も得て、長年抱いてきた照明デザイナーの仕事を胸を張ってできるようになりました。同時に、3案のデザインを提案しなくてもよくなった代わりに、本当に優れた案を生み出す苦しみを味わうようにもなったのですが・・・。でもこの苦しみは、最終的に光の空間が具現化する喜びに変わっていきました。ようやく自分の志が叶い始めたころです。思えばそれは、この仕事を始めて10年後のことだったのでした。

10年がんばれば、次の自分が見えてくる

最初の転機から、さらに10年の時を経て、2000年に自らのオフィスである「LIGHTDESIGN」を東京銀座の古ぼけたビルの1室に設立しました。なにやら怪しげなこのビルは昭和初期の建築で、照明デザイン事務所というよりも、探偵事務所の雰囲気を持ったたたずまいでした。幸い仕事も増えて、今ではたくさんの若いスタッフと仕事をしています。
かつて悶々と毎日を送っていた私が、今、若いスタッフにいうセリフは、「10年早い!」という言葉ではありません。すでに照明デザイナーの職能は日本においても定着し、技術そのものの修業期間として10年の時を費やす必要などなくなりました。でも、その代わりに彼らには、違う問題があるようなのです。
たとえば、現場で職人さんたちに「時間がないから無理!」といわれると、「そうですか」と引き下がってしまう。でも私たちに求められているのは、「時間内で作ること」ではなく、「感動的な光を作ること」です。たとえそれが無理難題でも、自分の熱意を伝え、相手を説得しながら最高のものを作り上げる。それができなければデザイナーの存在意義はありません。だから私は今日もスタッフに繰り返すのです。
「戦え!」「引き下がるな!」

桜が咲くころになると毎年考えます。10年は何かを習得するためのひとつの単位ではないのかと・・・。仕事のスキルはもちろん、その仕事に取り組む意義も、そこから広がる人生のビジョンも、10年がんばってみて初めて見えてくる。
そしてそこから、新たな10年がスタートする。社会人になって25年たった今春も、またそう考えるのです。
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コメント
1. | 投稿者: コヤ (2008年04月11日)

お久しぶりです。
このブログでは、光に特化した話ばかりかと思っていたので、東海林さんのそういったお話が聞けるのも面白いですね。僕は今の仕事を始めて6年目になりますが、一度も生意気だとか10年早いとかいわれたことはありません。むしろ、「もっとやれよ!」と言われます。東海林さんの話を読んで、もう少し頑張ったほうが良さそうだなと思いました。

2. | 投稿者: ヒデ (2008年10月19日)

はじめまして、ヒデと申します。

私は、照明デザイナーになるべく新卒から7年以上勤めた会社を退職し、
(もう既に30歳です・・・)
現在、照明デザインの基礎を学ぶべく、専修学校に通っている学生です。

建築やデザインを学んだ訳でもなく、ごく一般的な文系大学を卒業した私が
なぜ、照明デザイナーになると決心したのか、それは「あかり」がもたらす
癒し・感動・幸福感を作り出し、それらを提供したいと思ったからです。

30歳という年齢、文系出身・・・さまざまな不安を抱えながらですが
自ら漕ぎ出した船です。これからの10年、猪突猛進で突き進んで
いきたいと思います。

今後とも宜しくお願い致します。


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