みんすまスタッフひとりごと スタッフのこぼれ話や楽しい暮らし方などを綴ったリレー連載ブログです。 「みんすまアンケート」 都心で一人暮らしをするとしたら
2007年5月30日
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職人さんが作ってくれたもの
こんにちは、じゅりえっとです。
週末は「住まいの今昔」を探しに実家に帰ってきました。

実家は改築に改築を重ねているので、建てた当時のままの部屋はほとんど残っていません。それでも昔のままのものって何か残ってないかなーと探していたら、ありました。洗面台がそうでした。タイル職人さんがひとつひとつキレイにピシーッと貼ってくれたものだそうです。割れたりすることもなく、作られたままの状態を何十年も保っています。生まれた頃から家にあるもので当たり前すぎて気にしていなかったのですが、タイル貼りの洗面台で、洗面器をのせて使っているのってなんとなく今はめずらしいような気がして載せてみました。子どもの頃はシャワーつきの洗面台が流行っていたので、古くさいから変えてよーとせがんでいたのですが、やはり家族は愛着のあるタイル貼りのものから変えてくれませんでした。大人になって、職人さんの手仕事のよさというものがわかるようになってきました。今はずっとこの手作りの洗面台のまま残していって欲しいなと思います。

もうひとつ、家には庭職人(趣味の範囲で)のおじいちゃんが手入れをしている庭があります。昔は庭の真ん中に大きな夏みかんの木があって、弟と木登りをしていました。実がなると、おばあちゃんとお母さんがマーマレードを作ってくれました。他にもヤマモモの木や金柑、梅の木もあったのでヤマモモのジュースや梅酒なんかも作ってくれて…子供のころはヤマモモや金柑の味がわからなかったのですが、今思えばかなり恵まれていたなあと。家で採れる果物で自家製ジュースやジャムが食べられるなんて素敵なことだったなあと…。台所でお鍋いっぱいのジャムをぐつぐつ煮ている匂いを、今でも思い出すことができます。
しかし、おじいちゃんは気まぐれに大きな木をいきなり切ってしまったりするので、今はおいしい実がなる木は残っていません。世話が大変になってきたからーらしいです。今年は私が梅酒を作ろうと思っていたのですが、切ってしまったらしいです。昨年まであったのに…あー残念!そして現在の庭は盆栽であふれ、今の時期は白いアジサイが満開です。無くなった木もあれば新しく植えたものもあり、いつでも緑溢れる庭を保っています。

追記:自分の部屋でもゴソゴソと「あの頃探し」をしていたら、懐かしいものを見つけました。「初代ゲームボーイ」!まだちゃんと電源も入り、動きます。何回も派手に落っことした記憶があるのに丈夫です。しかし重い…。今これでゲームしたら腱鞘炎になりそうです。それにしても画期的な商品だったなあ!これ!今はカラーで軽くて、しかも3Dで、ネットにもつなげられるなんて…あの頃テトリスとマリオで大満足だった私には考えられないことでした。懐かしい。
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2007年5月29日
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私のあの頃って・・・自然しかない・・・。
過去を振り返ってみると、自然しかなかったなぁと・・・。20歳過ぎるまで長野から出ることはなく、いつでも周りは山でした。生まれてからしばらく八ヶ岳の山の中でした。大体、植物でも昆虫でも「ミヤマ」が、野菜には「高原」の文字が頭につくし(笑)

みなさんは行ったことありますでしょうか。蓼科をさらに登っていくと、「ピラタス蓼科ロープウェイ」(外部サイトへ)というのがあります。(昔は、「ピラタス横岳ロープウェイ」しかも県営だった)その「山麓駅」裏手の宿舎に住んでいました。父はロープウェイの点検士、母は喫茶店のウエイトレス。まるでドラマです(笑)幼稚園も小学校もまず山を下りて停留所までいき、そこからバスにゆられ30分ほどかかります。一番近い家というのが、山小屋風の喫茶店か別荘・・・。私と弟の“社会適応”ということを心配して、小学校へ上がる前に父は転勤願いを出し、一家で引っ越すことになったのです。

「わー、町だ!」と思いました。そりゃ八ヶ岳から下ってくればね・・・。父方のおばあちゃん家が近くになり、1年通じてよく遊びにいきました。100年以上経っている大きな家で、池も庭も畑も山もあります。土間があり、土蔵があり、居間も15畳以上ある大黒柱のしっかりした古い家。
今でも引き出しをあけると明治時代の地図が転がっており、廊下には足ふみミシン、はた織り機や5つ玉のそろばん、戦時中の絵葉書、父が中学のときに使っていた地球儀等々、色んなものがでてきます。 小学校の頃、私と弟は、おばあちゃん家の探検が大好きでした。2階に隠し部屋とかあったりしてね。 そして、その頃には四季折々の行事が家にありました。
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2007年5月28日
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中学まで住んでいた団地
こんにちは、オブライアンです。
私も「あの頃」を振り返ってみたいと思います。

私が中学生になるまで、公団の団地に住んでいました。間取り図を、記憶をたどって書き起こしてみました。じゅうたんの色もできる限り思い出してみたのですが、どうしても右下の子供部屋だったところのじゅうたんの色が思い出せません。

団地は全部で22棟もある大きな団地で、敷地内に大きめの公園が3つありました。変わっていたのは団地住民専用の幼児用のプールがあって、これが子供にとっては、すごく大きい。たぶん20m×20mくらいあったと思います。でも、一番深いところでも大人のひざ上ぐらいなので、小学生になるともう物足りなかった覚えが。

家は本がたくさんあって、小動物もたくさんいました。図のベランダにある「リス」とは、シマリスを買っていました。冬は家の中で。水槽はフナとか、どじょうとか、父親がその辺の川でゲットした魚が泳いでいました。そういえば灰色の魚しか見たことないですね、実家の水槽は。あとトイレで日本ザリガニを飼っていました。これまた灰色のザリガニです。トイレのタンクの中じゃないですよ!ちゃんと小さな水槽に入って、タンクの上においてありました。家に来たときは3cmにもみたない大きさでしたが毎年脱皮して最後には10cm近くまで成長。初めて脱皮したとき2匹に増えたと思ったので、すんごいびっくりしたのを覚えています。

親元を離れた今は結果的に2年に1回のペースで引越しているので、本は図書館で借りていて増やさないよう努力しています。動物は飼っていません。気晴らしに動物園や水族館、ペットショップへ行ってがまん。
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2007年5月25日
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あの頃と変わらないもの・・・
こんにちはあずみです。
今回は、スタッフ「あの頃」のリレー連載ということなので、わたしも昔を思い返してお話したいと思います。

昔の生活と一言でいってもさまざまなシーンがありますが、今回は私の部屋の前にずっと置かれている『カネのなる木』のお話をさせていただきます。

その木は私の2つ上の兄が生まれた時に母が小さな植木鉢に葉の一部を植えたのが始まりでした。カネのなる木は1枚の葉からでもどんどん成長する強い木で、始まりは2枚の葉っぱを鉢植えに植えたところから始まったそうです。年々葉が増え、幹が太くなり、大きくなり続けました。小さな植木鉢では足りなくなり、鉢の植え替えを何度も行いました。今は1m以上もの立派な木になっています。1枚の葉を植えてから25年以上もの時が過ぎました。

そのカネのなる木との思い出をお話させていただくと、その木は私の部屋のすぐ前の廊下スペースに置いてあったのですが、子供の頃は小さな鉢植えに植えてある植物くらいのイメージだけで分厚くてふわふわした葉っぱだなぁという感じで普段は全く気にすることはありませんでした。自分が次第に大きくなるにつれ、考え事をするとき、家族と喧嘩をしたときなど、その木が置いてある隣の窓で考え事をすることが多くなりました。気がつくと、考え事をするときにはいつもその木が近くにあったなぁと思います。今、その木の横に座ると、自分よりも大きくなっていて驚きます。それと同時に自分も大人になってしまったのだと気づかされますが……私の成長と共に大きくなって、いつも近くにあったその木は私にとっては変わらない風景として、いつまでも記憶に残っています。

実家に帰ると必ず大きくなったカネのなる木を確認します。伸びすぎて切り落とした葉もまた鉢に植え替えれば成長していくので、今ではカネのなる木の鉢がたくさんあります。 実家に帰って自分が住んでいたときと変わらない風景や変わらないものがあるとなぜかとても安心します。『帰ってきた』と感じることが出来ます。この木もまた、私をそう思わせてくれるシーンのひとつです。

どんどん便利になって、物が新しくなっていく中で、その変わらない風景を大事にしていきたいなぁと、ふと思っている今日この頃です。
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2007年5月24日
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今も忘れられない、70年代の和風モダンの集合住宅
みなさまこんにちは、ポーレンです。
今回は「愛すべき街の看板シリーズ」を一回お休みして、特集テーマにちなんだお話をさせて頂きます。

住まい今昔を考えていると、生まれてから小学生まで住んだ懐かしい昔の家や、かつては新築だー!と喜んだ現在の実家や、学生時代に住んだ今はなき女子寮、そして長い独り暮らしの中でもこれまでに色んな住まいに暮らしてきたなと、あらためて一つひとつ時代とともに思い出しました。

そんな中で、今でも一番心に残っているのが、数年前までの京都時代に7年間暮らした、北白川の集合住宅です。比較的最近の話ですが、現在の慌ただしい東京の日々から思えば遠い遠い昔のことのようです。それは70年代に建築家が手がけた6戸ばかりの集合住宅で、今では珍しくなった、サッシュがひとつもなくすべて木だけで出来た住まいでした。
(写真は和室から庭を眺める猫たち。戦前のYAMAHA製のカフェテーブルセットを置いていました。)
木の扉を開けると石張りの床に三面摺りガラス障子扉の玄関。板張りの洋室から一段上がると、ウグイス色の塗壁の和室。奈良から運ばれてきた上質な木で造られ、鴨居は木と竹の枠ですべてガラス張りという和風モダン仕様でした。そして和室の向こうには年に一回、庭師さんが手入れしてくれる和風の庭。春は楓の青葉、初夏には白いサツキ、秋には楓の紅葉にキンモクセイの花が香り、小さな池にはメダカを飼っていました。
今思えばとても70年代らしい、マンションともアパートとも違った風変わりな佇まいで、障子や襖や鴨居などの和のしつらいをいかにモダンに仕上げるかという建築家の心意気が伝わってくる、和洋をしっくり折衷したまるで旅館のような居心地のよさでした。扉も窓枠も網戸も、お風呂の窓枠まで全部木造り。お施主さんもとても大切に手入れされてきて、時を経た味わいが醸し出されていました。
住んでいる時も心安らいで快適でしたが、木だけで出来た家がどれほどストレスフリーであったことか、今になってとても実感しています。ほど近くに詩仙堂が佇む東山の懐、ゆるやかに流れる時間の中で過ごしたあの部屋、それが心に贅沢で得難い時空間であったことは、ずっと忘れられないと思います。いつか家を建てることが出来るなら、あんな味わいのある木の家にしたい!と、夢見ています。
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2007年5月23日
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家族と一緒に過ごした“あの頃”
年を重ねるごとに、家族との思い出はだんだん遠い記憶になっていきます。
今回は、家族と過ごした“あの頃“を、ちょっぴり振り返ってみました。

■おばあちゃんと「しもやけ」
もう20年以上も前のこと。(年がばれちゃいますね・・・)
真冬の小学校は暖房もなく、とても寒くて、私の手足は凍りつくように冷え切っていました。足はしもやけで赤く膨れていて、冷え切った足が暖まってくると、居ても立っても居られないほど痒くなる。
授業が終わり、家に帰り着くとすぐにランドセルを放り出し、「かゆい、かゆい、かゆーい」と掻きながら、いつも泣いていました。
そんな私をいつもやさしく出迎えてくれたのが、おばあちゃん。
おばあちゃんは、「こっちへおいで」と、お風呂場の方へ私をつれていき、2つの洗面器を用意。1つには冷たい水、もう1つは熱いお湯を張り、交互に足をつけてくれるのです。
暖かくなったり、冷たくなったりする、私の足。昔からの知恵とおばあちゃんの愛情で、痒みもすーっとひいてくるのでした。

■お父さんと「ホットドッグ」
父はまさに団塊の世代。私が小さな頃は仕事ばかりで、ほとんど家で姿を見ることはありませんでした。
そんな父との思い出は、ホットドッグ。
会社を早退してきたのか、夕方に突然父は家に帰ってきて、私と姉を車に乗せ、川へ遊びに連れて行ってくれました。
くねくねした山道をのぼっていくと、ところどころにホットドッグ屋さんがありました。「おいしそうだなぁ」と見ていると、父は車をとめ、姉と私にホットドッグとコーラを買ってくれました。
母だったら、「夕飯前だから我慢しなさい」といわれる時間。そのホットドッグとコーラはなんだかとても贅沢で、母には内緒のちょっぴりドキドキした父との思い出となるのでした。

■母との「皆勤賞」
母は仕事と家事を両立させている、パワフルな女性。
昔からグズだった私は、高校生になっても寝坊ばかりで、いつも電車に乗り遅れていました。そんな私を母は「会社までの道のりだから」と車に乗せ、校門まで送ってくれるのです。(なんとも過保護)
「社長出勤ね。しっかりしなさいよ」と怒りながらも、私が遅刻しないように助けてくれた母親。おかげさまで皆勤賞をもらったのでした。これは母の皆勤賞かしら?

こんな家族に見守られて過ごした、あの頃。
家族と離れ東京で生活していると、ちょっぴり寂しくなるときもあります。
でも、寂しく感じるのは、こんな家族の愛情がしっかりと注がれていた証拠なのだと、“あの頃”を振り返ってしみじみと感じます。
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2007年5月22日
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写真アルバムを作ってみませんか?
今と昔、身の回りで何が変わったかなぁといえば、「写真」が大きく変わったのではないでしょうか。

ひと昔前は、どこのお家でも「写真といえばお父さんの専売特許」で、家族イベントとなると張り切って写真を撮られていたのではないでしょうか? パシャパシャと撮影してカメラ店に持って行き、焼き上がった写真を楽しみながらアルバムにファイリングしてゆく。こんな光景が多くの家庭で見られたことと思います。

みなさんのお家にも、本棚に「昔のアルバム」が鎮座していることと思います。お正月やお盆などの季節の節目、親戚が遊びに来たときなどに、アルバムを取り出してきて「昔話」に華を咲かせた記憶が一度はあるのではないでしょうか。『あのときはこうだったね〜』『昔の台所はこうだった〜』など、話題は尽きません。

昔の写真はモノクロだったり、経年でだんだんと色褪せながらも、しっかりと「当時の風景」を映し出しています。かわいい赤ちゃん当時の笑顔、小学校入学式、運動会、新居での記念撮影、勉強部屋、etc。写真には色々な風景が写っています。

さて、そんな写真も現代ではデジタルカメラに移り変わってきています。パシャリと撮影してメディアに保存し、そのままパソコンに移して「写真が眠ったまま」になっている人は多いのではないでしょうか? デジタルカメラになってから、現像代を気にせずパシャパシャと撮影する枚数が増えましたが、そのぶん「眠ったまま」にしてしまうケースが増えた気がします(ハイ、私のことです…汗)。

せっかく撮った写真なので、たまにはプリントしてみるのはいかがでしょうか? アルバムにファイリングしておけば、いつでも簡単に見ることができますし、家族団欒での話題も豊かになります。なにより、経年する写真に「あじ」がでてきます。数十年後にアルバムを見返したときに、『あのときはこうだったんだよ〜』と昔話ができることでしょう。……私も、せっかくの機会なのでアルバムを1冊作ってみます♪

<写真ワンポイント>
最近のデジカメには「モノクロ(セピア)モード」が搭載されています。ですが、なかなかこのモードを使うことが少ないのが現状ではないでしょうか? 今の景色が簡単に「昔アレンジ」になるので、ワンポイントとしてアルバムに加えてみると素敵ですよ。
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2007年5月21日
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あの頃ってどの頃?あ、あの頃ね。
「あの頃」をリレー掲載ってことで、最近めったに使うことがなく老朽化した脳をフル回転させて思い出してみたよ「あの頃」ってもんを…。
あの頃、あの頃ねぇ…。

あ、あの頃か!!

小さい頃のあたくしは、人形が大好きでオトンやおじぃちゃんをオモチャ売り場に連れていっては「これ欲しい。あれ欲しい」とおねだりしてリカちゃん人形やバービー人形をたくさん買ってもらっていました。
小学3〜4年くらいまで、毎日ご飯食べるとき、お風呂入るとき、寝るとき、でかけるとき。常にあたくしの隣には数人の人形がいました。

小学校低学年の時、
オトンが仕事で海外出張に行くことに…。
「お土産は何がいい?」と聞かれ迷わず
「お人形」と答えたあたくし。
バービーちゃんは外国人だから本場には金髪で青い目や、赤毛で茶色い目をしたかわいい人形ちゃん達がたくさんいるに違いないと心躍らせオトンの帰りを待っていました。

インディアンちゃん
一週間後に戻ってきたオトンにお土産を貰うと、 そこには想像していた人形とははるかに違った 肌の色黒は黒く、髪は真っ黒な三つ編みをしてるリアルフェイスなインディアン人形がいたのでした。

寝かせると目を閉じ、起きると目が開くのを見て
「うわーん!怖いよぉ〜」
と泣いたあたくし。(なんてウブなんでしょう)
その当時「あなたの知らない世界」という番組が夏休みになると放送されていて、その番組内で「髪が伸びるお菊人形」というのを見て、きっとこの子も夜中寝ている間、目を開かせるに違いないと思いました。


せっかく買ってきてもらったその子を迷惑やら、大嫌いだの、罵りあたくしの大事な人形達の仲間入りを断固拒否していたらオカンがリビングの本棚の上段に飾っていました。

それから数年してオトンがカナダに出張することに…。
もう人形はイラナイ!って言い
「雪が降る寒い場所=白くま」
というイメージがあったので、白くまのヌイグルミをお願いしました。

エスキモーちゃん
オトンが帰ってきて、「はぃ!おみやげ」と言った袋の中には、白クマのヌイグルミとなんだか見覚えのあるあの顔が…。

そう、エスキモーの服を着たあの子が袋の中で寝ているじゃありませんか!
もう怖くはないけど、やっぱり貰っても喜びはなく、そのエスキモーちゃんを渋々NEWフェイスとして受け入れインディアンちゃんの隣に飾っておきました。


小学高学年になると人形で遊ぶよりも「ドロケイ」やら神社の裏に「基地作り」をしたりするアウトドアな遊びが好きになり、可愛がっていたリカちゃん人形達は押入れの中から出すこともなくなり、気がついたら近所の幼い子供たちに貰われていってしまいました。

あれから20年以上たった今、
あれだけ毛嫌いしていたインディアンちゃんとエスキモーちゃんは今日もうちの子であり続けてるのでした。
大人になってから集めたブライス
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2007年5月18日
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あの頃を記憶に残す
久々の帰郷。甥っ子姪っ子が遊びに来ていて賑やかなひと時。子供の無邪気な姿ってかわいいですよね。思わず笑ってしまうような行動や、はっとさせられるアイデアや想像力を自由に表現したりと大人を驚かせてくれたりします。そんな子供たちの一瞬を逃すまい!とパパやママはよくビデオカメラを向けています。

小さい子供に向かってビデオカメラを構えて「こっちこっち」なんてあやしているパパやママの姿ってなんだか微笑ましいですよね。そんな光景は今も昔もあまり変わっていないように思います。

私は赤ちゃんの頃のあるいくつかの場面を覚えています。それは短いけどなぜか鮮明に思い出せるのです。たとえば、部屋で家族みんながテレビを見ている時、画面に映っているのは陸上競技大会の開幕式。私はテレビの前を陣取って、立ち車に体を支えられながら選手の入場行進・ファンファーレに合わせて必死に万歳を繰り返している光景です。

詳細を覚えている理由はこれ。8ミリフィルム。実家では今でも父が大切に保管していますが、このような8ミリフィルムでその場面を撮っていてくれたからです。
このフォルムを見ただけでも、懐かしさとそれを構えてみたくなる衝動を覚えます。写真のものは日本で1965年(昭和40年)に発売されていたものだそうです。発売当時で1万7,000円位。カラーフィルムは1つ1,350円。この頃のフィルムは15mで3分20秒撮影が出来ました。今となっては携帯電話で誰でも10分くらいの動画を撮れてしまう…すごい時代になりましたよね。
撮りためては、みんなで部屋を暗くして映し出される光を見つめる上映会はとても楽しく印象深い思い出です。当時の映像は、父が既にビデオに変換して、当時録音した声や音楽を付けて大切に保管しています。

記憶は目にも焼き付けられますが、写真や映像で残しておくとより鮮明に思い出せますよね。たまに「写真ってスバラシイ!」「ビデオって素晴らしい!」とかしみじみと思ってしまいます。これらの技術って未来にはどうなっているんでしょうね?とても楽しみです。(写真提供:私の父です^^父に感謝♪)
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2007年5月17日
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実家の今昔
皆さんこんにちは、ビリジャンです。

今回は、スタッフ「あの頃」のリレー連載ということで、
僕の実家の今、昔をお話したいと思います。

僕の実家は田舎なので、家自体は都会の家に比べると広く、
廊下でやわらかいボールを使ってキャッチボールをしていた記憶があります。
又、僕の実家は二世帯住宅となっていて、隣の家には、僕の父親の姉家族が住んでいて階段で行き来ができるようになっています。
昔はよく、僕の家で両方の家族全員、総勢11名で夜ご飯を一緒に食べたものです。ですが、最近では僕も含め子供が大きくなり、都会にでていきみんな集まってご飯を食べるということもなくなりました。
最近変わったことといえば、隣の家の長男が結婚し、もう一つ家が繋がって、今では三世帯住宅となっております。
僕が、結婚して家庭を持ったら、四世帯住宅になるのでは?とふと思うときがあります。

GWに実家に帰ったときに、ふと思ったのですが、
僕が、ぼんやり庭を眺めているともの凄く静かなことに気がつきました。
僕が子供の頃は、休みの日の昼といえば、子供の声がいっぱい聞こえて、
それにつられてよく外に遊びにいったものです。
これも少子化の影響でしょうか、なんか凄く寂しい気がしました。

そんな中、最近隣の家に子供が生まれました。
本当にかわいくて、見ていても目尻のしわが増える一方です。
僕の父親なんか、まるで自分の孫のようにかわいがっています。
「子は宝」とはよくいったものです。

今と昔、生活環境も違えば、社会の動きも違うけれど、
子供の笑顔だけは変わらないな〜としみじみ思いました。
本当にいいものです。

では、こんなところで失礼いたします!
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2007年5月16日
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捨てられない。。。
はじめまして、ネコ娘です。
今回みんすまデビュー、ネコ人生初のブログでございます。

さてさて、今回は「すまいの今昔」というテーマですので、私の部屋にあるものについて語ろうと思います。
部屋の中にあるものって、今昔入り混じっていますからね。

私の部屋は、くくりつけ?というか一辺の壁に
・本棚
・クローゼット
・天袋(クローゼットの上)
と、別に洋服ダンスが、収納としてあります。

その収納スペースにある半分は使うものですが、あとの半分はいらないものなのではと思うことが多々あります。
本棚には読み返さない本、クローゼットには何年も着てない服・・持ち歩いていないバッグなどが、・・・ね。
開かずの間となっている天袋には、何が入っているのか、ネコ自身にもわかりません。

でもね、最近は、『部屋を快適に』を自分のなかのスローガンに、いらないものを極力捨てる努力をしています。(天袋以外)
ほら、よく風水とかでもいらないものは捨てましょうって言いますし、松居一代さんの本にもそんなことが書いてありましたもん。

「そうじゃー、捨てるぞー!!」と片付け前は、結構意気込みます。
捨てた後に空いたスペース、気持ちがいいもんです。
しかし「よっしゃ、収納スペースできたし、また買い物いくぞー!!」と、簡単に歴史は繰り返されるのです。

そして、繰り返すのはもう一つ。
毎回捨てるものリストにあがっていても、捨てられないものがあること。
私にとって、捨てられないものは、気に入って買ったものや思い出の品たちです。
そのなかの一品が、本棚上に鎮座している宝箱。
絵本でみる海賊さんたちが持っている宝箱、あれです。
結構な大きさがあり、横幅30センチはあるそれは、缶でできています。

遠い記憶をよびさますと、多分、その缶には、クッキーがはいっていました。
この海賊さんの宝箱は、小さい頃、おじいちゃんの家でもらってきたものです。

これを見ると、小さい頃のワクワクしていた気持ちを思い出します。
この缶のデザインが、子供心をかなりくすぐり、ひとつちがいの従妹と、大切なものを入れて遊んでいました。

従妹と「秘密ね」と言い合いながら、この缶をおじいちゃんの家の棚に隠していました。
いま考えると、その大きな缶の隠し場所、大人たちにバレバレの場所でした。
それでもその当時、子供2人にとって、大人には秘密の宝箱でした。

今回、このブログを書くにあたり、缶の写真をとるため、本棚から出してみました。
この宝箱、多分10年以上開けていないので、何がはいっているか、ネコにもわかりません。
ちょっとしたタイムカプセルなので、今回もそのまま元にもどすことにしました。
もうちょっと大人になったら、宝箱、開けてみることにしようと思います。
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2007年5月15日
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我が家のテレビ史
こんにちはプリン☆スです。

「住まいと暮らしの『今と昔』」というテーマにあわせ、プリン☆スは我が家のテレビ史を振り返って見ます。

■初代
モノクロ!しかも9インチ。記憶にはないですが幼少期はこれですごしたらしいです。祖父母がこんなちっちゃいテレビじゃかわいそうだと2代目を買ってくれたそうです。

■2代目
で、ついにカラー化!といっても13インチですが・・・チャンネルはガチャガチャ回すタイプでしたね。古くなるとつまみが取れちゃったりしました。なんだかんだと10年くらいこの2代目のテレビで過ごしたので一番思い出があります。
※右が初代、左が2代目
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2007年5月14日
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幼稚園バック
こんにちは。
今回より初参加のうみこです。
どうぞよろしくお願いします!!

今年の春、姉のむすめが幼稚園に行くことになり、姉が幼稚園の手さげバックをせっせと作っているのを見て、わたしも小さいころお母さんに作ってもらったのを思い出しました。
自分で希望を言って作ってもらったわけではないのですが、当時からお気に入りで今でも大事にとっておいています。(さすがに今は使用できませんが;)

姉が作ったものと見比べてみると・・・

ぅん、なんだかテイストが違います・・
20年という時代の違いでしょうか。。
姉が作ったものは最近の色使いを激しく感じます。

・・・作り手の趣味が一番影響!!?
とのうわさもありますが、幼稚園バックで時代を感じたひと時でした。

しかし手作りっていつの時代でもいいものですね。
ほのぼのしちゃいます。
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2007年5月11日
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お酒のフタとビックリマン
子供の頃は、「なんでこんなもの集めたんだろう?」と思うような、奇妙な収集癖があるものではないでしょうか。
めずらしい(と思い込んだ)もの、きらきらしているもの。とにかく、集めたものを持っているとなんだか幸せな気分になったものです。

僕が記憶している、最初のコレクションは小学校2〜3年の時の「お酒のフタ」。下戸である自覚もない頃にお酒のフタに興味を持つのは妙な話ですが、多分、集めている友達を見て触発されたんだと思います。誰が飲んだとも知れないお酒のフタを集める息子の姿を、親がどんな目で見ていたかは想像に難くありませんが・・・。近所の酒屋さんにフタを譲ってもらうようドキドキしてお願いしたことを覚えています。
どの酒瓶のフタも、同じきのこような形をしていて、傘の部分が鉄製(アルミかも)で、お酒によってそれぞれ個性的なお酒の銘柄やマークが書いてありました。金色や銀色のものが多く、子供心に価値があるものだと思い込んでいたのかもしれません。レアものには人気が集中しました。数が少ない、つまり高価なお酒だったということですね。当時はそういう認識はしていませんでしたが・・・。うろおぼえですが、中でも「世界長」と書かれたフタは、他のフタよりも少し傘が大きく、数も少なかったため、それはそれは大事にしたものでした。今思えば、お金のかからない、何ともかわいいコレクションではないですか。

いつの間にか酒臭いフタを集めなくなったころ、別のコレクションをするようになっていました。「ビックリマンシール」です。
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2007年5月10日
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座敷犬


みなさん、はじめまして、「ビーグル」です。その名の通りこよなく犬を愛する犬バカです。よろしくお願いします。

犬バカならではの話。
昔は犬って外で飼われてましたよね、犬小屋とかで。そして、マンションでは飼えませんでしたね、飼っていると周りのお宅から白い目でみられたり・・・

現在、我が家の愛犬は堂々とマンションで室内飼いをしています。今はペットOKのマンションが増えていますから。最近では、ペットOKの宿があったり、ペットホテルがあったり、保育園があったりと実に便利になりました。 ただし、冷静に考えてみると、人間とペットの距離感ってとっても大事なことなんです。溺愛すると、その分わがままになって自分に降りかかってくるし、犬もストレスを感じるのだとか。本で見たのですが、ご主人の言う事をちゃんと聞いて、褒めてもらう事が犬の幸せだと・・・。(何てかわいい生き物なんでしょう!!)
我が家の犬はというと、おそらく自分が犬であるという事は分かっていないご様子。もちろん私は、彼女の召使い・・・? だって、あんなに愛らしい目で見つめられたら、何でもしちゃいます!といった感じで、小悪魔ぶりを発揮するのです。
そうやって、自分を人間(しかも家庭内での地位も高め)と勘違いしている犬が増えていくのでしょうね。(もちろんちゃんと躾をしているお宅もたくさんありますが)

そういえば、昔は家で飼っている犬を「座敷犬」と呼んでいました。最近聞かない気がしませんか。だって、我が家の犬も「座敷犬」?? ビーグルなのに・・・? ということで、巷から消えた言葉なのでしょう。

一方、室外犬はのんびりと自分の時間を過ごせるのかもしれません。(日向ぼっこしたりとか)外で飼っていると人間との距離感も保てて主従関係がはっきりし、犬もきちんと理解するのでしょうね。うちもベランダで飼ってみようかしら?(マンション管理組合の規定でルール上は無理ですが・・・)

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2007年5月 9日
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屋根より高く・・・
GWに近所を散歩していたら、ベランダに「こいのぼり」が泳いでいる家がありました。最近は周りをゆっくり見ている余裕がないのか、あまり見かけなくなってたので、何だかうきうきした気分になりました。

そういえば、東京はマンションばかりだから、ベランダじゃないとこいのぼりも飾れないんだと昔は思っていました。実家の方は、マンションではなく、一戸建てがほとんどですので、こいのぼりは庭で泳ぐのが普通でした。

GWが近くなると、男の子がいる家の庭には必ずこいのぼりが泳いでいました。あちこちの家の庭にこいのぼりが飾られ、まさに、GWの風景の1つとなっていました。
「あ、金のこいのぼりだ!」「5匹もいる!」とか見比べたりもしました(歳がバレますね・・・)。いつしか実家の方も、庭ではなく、ベランダに泳いでいる家が徐々に増えてきましたが・・・

弟が小さい頃は、我が家の狭い庭にもこいのぼり用の柱があり、GWになると、こいのぼりが誇らしげに泳いでいました。こいのぼりを飾る両親(特に父親)も何だかうれしそうでした。


弟が大きくなり飾られなくなったこいのぼりは、地元の観光地で元気に泳いでいます。
よく、観光地の川にこいのぼりがいっぱい飾れらていますよね。それです。
青空にたくさんのこいのぼりって見ててちょっと気持ちよくないですか?

既に、実家の庭にはこいのぼり用の柱はなく、去年生まれた甥っ子のためのこいのぼりもありません。今年はどうするのかと聞いたら、兜がある!とのことでした。
こいのぼり世代?の私には、兜っていまいち馴染みがないのですが、最近の住宅事情を考えると、ベランダ用のこいのぼりよりも、コンパクトに飾れていいのかもしれませんね・・・なんだかちょっと寂しい気もしますが。
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2007年5月 8日
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私が学生の頃〜洗濯祭り〜
皆様、こんにちは。

今回は、それぞれスタッフの「あの頃」リレー連載ということで、 私の学生時代(中学1年/高校1年/大学1年)の洗濯経験の話をしたいと思います。私は、中高大と体育会サッカー部に所属していました。学生時代に体育会系のクラブに所属している方だと、よーく分かっていただけるかと思うのですが、毎年、「夏」「冬」に各2〜3週間程の合宿という試練(書くだけで吐きそうです。)があります。早朝から夜までみんなして走りまくるアレです。

その合宿時には、もれなく1年生限定の避けては通れない祭りがあります。 その祭りとは、深夜に開催される一大イベント「洗濯祭り」です。 1年の使命は、2年〜3年(4年)生様の「これ、やばいよ。やばいよ。」という練習着(上下)、ソックス、下着、雨の日はスパイクなどを狂ったように洗う、干す、乾かす、たたむ、届けるという一連のルーチンを朝方までやり続けることです。

部員数100名程のチームになると、洗濯物の数は、尋常ではないわけです。 ほんと積み上げられている洗濯物をみると山なわけで、できるわけないだろと愚痴りたくもなるのですが、できないと漏れなく、1年全員正座でありがたいご説教を延々といただくわけです。(これだけじゃすまない場合も多数ありますが。。)
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2007年5月 7日
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我が家のお風呂の今と昔
はじめまして。
今回、初めてブログの書き込みをするティラドゥです。
みなさん、よろしくお願いします!

私の住まいで一番、新しいもの・・・それは、お風呂です!
(お風呂といってもバスルームではなく、ガス給湯器ですが。)

昨年の年末の話になりますが、何の前触れもなく、突然、ガス給湯器がつかなくなり、壊れてしまいました・・・。
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2007年4月27日
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私が高校生のころ
こんにちはtim☆timです。
今回のテーマは「住まいと暮らしの『今と昔』」ということで、昔の住まいや暮らしを特集していきますが、こちらスタッフコーナーでは、それぞれのスタッフの「あの頃」をリレー連載でお届けします。
それでは、私のあの頃を思い出してみます。

今やほとんどの人が、携帯電話を持つ世の中になりました。
連絡を取りたい相手がどこにいても、何をしていても、メールを送ればメッセージが届く。そんな便利な世の中が訪れるとは、十数年前の私には想像もつきませんでした。

十数年前、それは私が高校生だった頃。
当時の連絡手段といえばもちろん家の電話でした。
ポケベルを持っている友人もいましたが、その頃に普及していたものは電話番号を表示するだけのごく簡素なもの。
当然メッセージを入れた後も、結局電話で話をします。
※至急=[49]、来い=[51]など、数字でメッセージを表現したりもしましたが。

連絡を取るためには大抵相手の自宅に電話をするわけですが、取り次ぎをする、そこの家族とコミュニケーションが発生します。
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