創り手の目線から 三井の住まいづくりのこだわりブログ。コメントお待ちしています。 「みんなの住まい」メールマガジンのご案内
茶系のボーダータイルが調和を印象付ける
何十年か後も評価される住宅を残す
【語り】三井不動産レジデンシャル株式会社 担当:三浦氏
“この見事な樹木や石をできるだけ残したい。” ランドスケープデザインをお願いした庄島正興氏が、はじめにそう語ったそうです。
東京都世田谷区に建設された「パークコート二子玉川」は、先人たちが築き文化的遺産とも評されていた旧・幽篁堂庭園跡地に計画されました。その地は新しい息吹を得て、集合住宅として転生しました。
『2004年度グッドデザイン賞』と『2004年度緑の都市賞 国土交通大臣賞(施設緑化部門)』と2つの栄誉に輝いたこのプロジェクトに対する評価のポイントとは何だったのでしょうか。
一期一会の事業において担当者冥利に尽きるといえる出会いとなったこのプロジェクトの重みや、難しさなどについて話を聞いてみました。
「できるだけ残したい。」という思いに駆られた旧・幽篁堂庭園跡地とは、具体的にどのような風景だったのでしょうか。また、自身で見たときの印象はどうでしたか?
三浦 氏
旧・幽篁堂庭園とは、骨董屋を営んでいた本山豐實氏が昭和初期に田圃地を借り上げ築造し、その店名にちなんで命名したと言われる庭園でした。木々の間を小径が巡る池泉廻遊式庭園には、他から移築した和風接客棟、二棟の茶室など大小の建築物が配され、さらに多数の石造物が添えられていました。文化的にも地域の人々にとっても貴重な財産となっている場所でした。
担当になることが決まり、初めて訪れてみると石塀に囲われたその場所は、樹木が鬱蒼と生い茂り、時の経過が築いた圧倒感がありました。とにかく木も凄いし、石も凄い。これは大変なプロジェクトを受け持ったなと正直感じました。
ランドスケープデザイナーの庄島さんとは、すぐさまこれらの樹々や石をできる限り再生し、残すべきだという結論に達しました。
工事着工前の旧・幽篁堂庭園。当時を偲ばせる風情はあるが木々は鬱蒼と茂り池の水は抜いていた
それからが大変な作業でした。1000本にものぼる樹木の1本1本を検証し、その樹齢や種類、痛み具合などすべて調べあげました。60年、70年という見事な枝振りのケヤキがそこらじゅうにあるんです。
痛んでいた樹木もいくつかありましたが、まずは樹木医に見せ外科的な手術を施してもらいました。
また、アカマツやもみじなども数多く、往時の世田谷らしい面影を見せてくれる樹々でした。
ですから、樹々を残すということだけでなく、風景そのものも残すんだという意識を持ちましたね。
それだけの樹々を残すことは、集合住宅を建てるとなればかなり難しいことだったと思うのですが。
三浦 氏
そうですね。「パークコート二子玉川」が計画されたこの土地は、世田谷の第一種低層住居専用地域で、しかも風致地区に指定されていました。
通常では、高さ10mという低層で容積率が消化できないため、敷地いっぱいに住宅を建設することになります。それでは、ほとんど木を残せない。
そこで、『総合設計制度※』を適用することで、樹々を残すことができないかと考えました。
行政側でも『緑を残したい』という同じ思いを抱いてくれており、柔軟に検討していただきました。
その際、制限内の3階と緩和した5階の場合の緑の多さや奥行きの違いなどをイメージスケッチで庄島さんに描いていただき、ビジュアルによって具体的に伝わるよう工夫いたしました。
結果的に、東京都内で第一種低層住居専用地域かつ風致地区で初めての総合設計制度の適用ケースとなり実現に至ることができたのです。

※総合設計制度:敷地内に一定以上の広さの公開空地を設ける場合、容積率や各種の高さ制限が緩和される制度
イラスト上、3階にした場合。建物を囲うのはわずかな木々しかない。下は建物を覆い隠す5階案
多くの乗り越えなければならないステップを踏んで実現したプロジェクトだったのですね。完成した建物ではどのような形で樹々や石などの貴重な財産を活かしたのでしょうか?
三浦 氏
敷地を囲む大木は、すべて旧・幽篁堂庭園の樹木を移植したものです。建物の外壁は、アースカラーを基調とした濃茶系のボーダータイル貼りというやわらかな色調に抑えられ、樹木との一体感を醸し出しています。足元には茶の湯の露地の意匠を取り入れた石の延段が続き、庭のそこかしこには苔むした石や灯籠。池に配置されている石は、今では入手できない貴船石です。これらはいずれもかつて旧・幽篁堂庭園にあったものたちを一旦掘り起こし、手を入れ新しい役割を与えたものです。
また、公開空地となる遊歩道を設け、この遊歩道を中心にケヤキやアカマツ、モミジ、カヤノキ、ヤマモモなどの高木を含んだ約150本の樹木と地被植物類を保存しています。
樹々の1本、石ひとつでも現在では手にいれることのできないものが数多くありました。ですからそれらを再生するためには多くの職人さんの技術も欠くことのできないものでした。
右手の石塀には苔が。種類や大きさの異なる多くの石がこの石畳の道へと収められている
周辺の住民の方々の反応や、実際にご購入されたお客さまからはどのような評価を頂きましたか?
三浦 氏
周辺の皆さまからはもともと緑を残してほしいという要望を頂いていました。「パークコート二子玉川」が出来上がる以前は、私有地のため外から眺めることはできても中を見ることはできませんでした。
今では、通り抜けできる遊歩道ができ、公開空地ができています。そういった意味でも、いいものを作ってくれてありがとうというお言葉を頂戴しています。
一方、買っていただいたお客さまには、将来にわたって、多くの緑を維持し、愛着を持って育ててもらうことを願って、緑化のコンセプトや望ましい庭のあり方などを庄島さんとともに歩きながら説明させて頂きました。
樹々や石の所以をひとつひとつ理解していただくことで、よりご満足いただけた方も多かったように感じました。
考えてみれば、戸建てでは敷地が細切れになってしまったと思います。マンションで総合設計だからこそ、こういう環境が提供できたといえます。
時が経過した後に改めて評価をいただける街を創る、あるいはその土地で愛され継承されてきた何か貴重な財産といえるものを新たな形で残すということ。三井不動産では『経年優化』というキーワードとして住まいを創る上で大切に考えていることです。
それは決して「パークコート二子玉川」だけのことではなくデベロッパーとしての、一つの使命ともいえるものなのかもしれません。
エントランス脇には見事な庭園が再生されている
根枯れなどで残せなかった樹は、廊下の一角で年輪の木目を活かしたベンチへと生まれ変わっていた
住まいを買うということが、その瞬間の出会いで終わる人も多いことでしょう。購入した直後の新しい住まいが満足感を与えてくれることはとても重要だといえます。しかし、その真価が問われるのは『経年優化』の言葉どおり、幾数十年経過し、褪せることなく、その魅力が増していく住まいなのではないでしょうか。
パークコート二子玉川にお住まいの方の

■暮らしについてのお話はこちら:
一目ぼれした緑の中のマンション パークコート二子玉川:Hさんご一家」(三井に暮らす)

■二子玉川の街紹介はこちら:
センスあふれるショッピングエリア 二子玉川」(この街に暮らして)
トラックバック URL
http://blog.37sumai.com/cgi-bin/MT/mt-tb.cgi/351  (トラックバックされる際の注意点
トラックバック 一覧
 Merry Christmas!/FDJ社・入間市本社から from Blog☆『不動産業戦略e-REVIEW』   編集長 不動産ブログ日記 (2005年12月20日)

激動の2005年もあとわずか! 少し早めですが、 (株)不動産データ&ジャーナル(FDJ)社から Christmas カードを贈らせて頂きます。 (カード...  [続きを読む]
 幽篁堂庭園跡 from 丸子川周辺散歩スポット (2006年4月11日)

【上記写真:マンション建築物の周りが遊歩道になりに木々や石類などが残されている】 幽篁堂庭園は、骨董屋を営んでいた本山豐實氏が昭和初期に田圃地を借り上げ築造し...  [続きを読む]
コメント 一覧

古き文化遺産には、古き想い出も宿っているような気がします。
『一期一会に思いをはせ、歴史を残しつつ新しい家・まちづくりを進めていただけるとありがたい』しみじみ想いました。


投稿者: ヒデコさん (2006年1月16日)
コメントに投稿すると、抽選でプレゼントが当たる!
 メールアドレス(※半角英数字で入力してください。
※サイト上には公開されません。
 ニックネーム(※全角で10文字以内で入力してください。
※サイト上に掲載されます。
 次回のコメント投稿時にメールアドレスとニックネームを自動で表示しますか?  表示する
 コメント 
 創り手の目線から投稿規約(※必ずお読みください。
下記の規約を承諾いただける場合のみ投稿いただけます。