


昭和30年代の高度成長期に生まれ、昔の事を思い出す。
当時の家は杉の柱や杉の下見板で出来ていた。
壁は泥壁に漆喰を縫ったもの。今考えれば健康的な家であった。
自分の家を立てられるとしたら桧の香りのする家に住みたいが、かなう筈も無く、せめて風呂のふたを桧板にするぐらいしかかなわないのが、寂しい。
池田内閣が国民所得倍増論をぶったのが1960年、高度成長期の始まりでした。丁度その年に生まれた私はその最中を生きてきたのですが、子供の頃の日本は未だ今のように豊かではなかったように記憶しています。最初白黒テレビは4本の棒のような足に支えられたものでしたが、その後家具調というか木の扉がついた仰々しいものに変わっていったのはカラーテレビの出現少し前のことでした。そして現在は薄型の液晶テレビが壁際に鎮座しています。
テレビひとつとってもこれだけ変わったのですから、町並みがすっかりと変わってしまったのも仕方ないのかもしれません。仕方ないというのは、昔の路地裏では子供たちが遊び、近所の大人たちが見守っている、そんな優しいものであったかのように記憶しているからです。変わっていくもの、変わって欲しくないもの、それぞれですが、そんな個人の気持ちとは別に時代は動いて行きます。
おしゃれなクロスメゾネットタイプの集合住宅って、最近はじまったのかと思っていたら、こんなに昔からあったんですね。驚きました。イラストじゃなくて写真でも見てみたいですね。どういう暮らし方をしていたのでしょうか。
マンション販売戸数の全国事業主別ランキングは、2005年が4,581戸で第4位。
『パークホームズ』には、長い歴史があったのですね。
友人が「パークホームズ」シリーズに住んでいます。自分が住んでるシリーズの歴史が知れるなんて素敵ですよね。こんなサイトがあることを教えてあげようと思います。
時代のニーズにこたえるため、ひとつ先を読んで街を作る三井の歴史がわかります。
実に私の生まれた時代以後に三種の神器(機時代が来たと思います。その頃は〜覚えて居ませんが脚の付いたテレビをカラーで見始めたのは幼稚園生の時で〜実にコメットさんをポワァーン♪と夢見心地で拝見してました。部屋は自営業のためのその頃としては〜解りませんが土間が普通でした。靴を履きトイレに行き脱いでテレビを見ていたのは〜懐かしい思い出なのかもしれません。現在では機密性の良いサッシに成りとエアコンと掃除機と洗濯機と当然の家電の在る家ですが〜あのときの脱いだり履いたりの動作も〜広い庭も実は〜贅沢だったのでしょう・・・ね。御風呂はヒノキのタガ止め物で入りましたし。ヒストリ〜〜〜の中でも土は残したいな〜と思う日々です
投稿者: ぽんぽことい。 (2006年3月25日)