住まいのヒストリー 三井の住まいづくりのこだわりブログ。コメントお待ちしています。 「みんすまアンケート」 都心で一人暮らしをするとしたら
TX開通の25年前に生まれた公園都市
25年で約25分の時間が短縮された街
2005年、東京・秋葉原から茨城・つくば間に『つくばエクスプレス(TX)』が開通し、現在、その沿線は活況を呈しています。今から四半世紀、つまり25年前の1981年、三井不動産は、後に『つくばエクスプレス』の駅のひとつとなる茨城県・守谷の地で、戸建住宅の大規模プロジェクトに着手しました。

その前年、80年に、日本の自動車生産台数は、王者アメリカを追い抜き1100万台となり、まさに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を謳歌。82年には、人気アニメのタイトルから「ルンルン気分」などという浮き立った言葉がはやるなど、老いも若きも、来るべき世界一の経済力を誇る日本を夢見ていました。
一方、75年以降、上昇傾向だった土地価格の影響もあって、住宅市場は停滞していました。また、住宅の量的不足が解消され、建設省による78年の「住宅需要実態調査」では住宅に困っている世帯という質問に対する理由のNO.1として「住宅が狭い」ことがあげられています。ゆったりとした広さの住まいが求められてきたといえるでしょう。
都心からは利根川を越えるとすぐに広がる「パークシティ守谷」を上空から
都心からは利根川を越えるとすぐに広がる「パークシティ守谷」を上空から
このような時代状況の中で、都心から40km圏の近郊住宅都市に誕生する新しい街として注目された「パークシティ守谷」。当時は関東鉄道常総線「戸頭」駅を最寄駅とし、東京までが61分、大手町へは59分かかりました。
現在の『つくばエクスプレス』は「守谷」駅からの日中の時間帯で東京へ35分、大手町へは36分。比較すると約25分も都心部への移動時間が縮まったことになります。
81年に着工した「パークシティ守谷」は、翌82年から分譲を開始。最終期の95年までに、1735区画を完成しました。この数は、民間による住宅供給戸数としては最大。茨城県下でも最大規模の宅地開発・住宅建設となりました。
開発当初、まだ建設中だったアプローチ道路
開発当初、まだ建設中だったアプローチ道路
人・街・自然が共生する公園都市を
単なる大規模開発では終わらない。そこで開発に先立ち「利便性が高く」「多様性があり」「安全で」「親しみが持て」「楽しい」街という五つのテーマを設けました。また、全11カ所に公園を配し、 “みずき野公園”“さくらの杜公園”など、それぞれに趣を変えた公園づくりを行いました。人と自然とが共生する、美しく住みやすい街並みづくり。それが公園都市「パークシティ守谷」の目指した姿でした。
三井不動産がこの当時から考えていたのは、住宅地の開発と住宅建設という器をつくるのはデベロッパーであっても、その後、街を育み成長させるのはそこに住む人々だということ。
実は、「パークシティ守谷」は、人々に思いを込めてもらうために、販売に先立って公募した7236通の中から決定したネーミング。さらに、アルファベットのPを、緑のさわやかな街路樹や整然と区画された道路網などからイメージしたシンボルマークも決められました。それらの取り組みが販売前から評判となり、第1期販売の全60戸は、平均倍率11倍で即日完売しました。
豊かに成長した木々と手入れの行き届いた芝が美しい“さくらの杜公園”
豊かに成長した木々と手入れの行き届いた芝が美しい“さくらの杜公園”
住民の方々の街づくりへの意識は高く、自治会ではなく、街区ごとに“町内会”を結成。夏祭りや音楽界を企画し、25年の歳月を経た今、街路や各邸のメンテナンスも素晴らしく、親子二世代にわたる生活が営まれています。学校、病院、ショッピングセンター、スポーツクラブなど、生活に欠かせない施設も充実し、02年には人口は5万人を突破。03年には市制が施行されました。「パークシティ守谷」は、住民による新しい街づくりのお手本となり、独自の建築協定を定めるなど、美しいデザインが今なお評価されています。
三井不動産は、守谷のみならず、つくばエクスプレス沿線(三井不動産のサイトへ)で宅地やマンション、商業施設などを中心に街づくりを継続して行っています。「パークシティ守谷」はその先駆けともいえる街です。人と自然との共生、また、住民による美しい街づくりというテーマは、都市化が第一の当時としては珍しく、注目を集めました。80年代以降、そのテーマは、三井不動産レジデンシャルが手がけるマンションや戸建て住宅の街区づくりに脈々と引き継がれています。
家々の木々も成長。整備された美しい家並みが続く
家々の木々も成長。整備された美しい家並みが続く
「10年、20年、30年後、お子さまの世代にさらに成熟したたたずまいを見せる街です。」当時のパンフレットで語られていた言葉です。四半世紀を超えた現在、街の成熟に合わせるように、都心へのアクセスも快適になりました。


時代物語
今ではすっかりおなじみの500円硬貨。1982年4月に岩倉具視の500円紙幣に変わって発行されました。表は桐、裏面は笹と橘がデザインされています。一時、偽造硬貨が後を絶たなくなり、2000年はマイナーチェンジ。世界で初めて硬貨の外周に斜めのギザギザがつけられました。
現在、世界で一般に流通している最も価値の高い硬貨
現在、世界で一般に流通している最も価値の高い硬貨
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コメント 一覧

公園が11ヶ所もあるなんて、まさに公園都市ですね。
緑がたくさんあるところで暮らしたいので、こういう都心にもすぐ行けるような場所はすごくいいなと思います。


投稿者: ツッチャン (2006年6月29日)

25年前に開発されたときに、TXにより、将来利便性が大きく向上することは、広く予想されていたことなのでしょうか・・。住宅購入にあたっては、購入者は、将来ビジョンをしっかり持つとともに、アンテナを敏感にし、広く情報を持っておくことが良い買い物をするためには必要だと再認識させられます。


投稿者: 琴鈴木ひろき (2006年8月29日)

三井は南関東(特に東京や川崎、千葉)での住宅供給イメージが強く、茨城県でまさかこれだけ立派な事業を手がけていたとは思いませんでした。都心や湾岸での「街づくり」もとても刺激的ですが、一方でこのようなニュータウン的大規模団地もひとつの魅力的な街づくりですね。都心・駅前エリアのタワーマンション供給が主で、郊外では小規模の戸建供給(ファインコート)、というのが三井不動産レジデンシャルから受ける近年の印象ですが、(採算面の問題は大きいでしょうが)このパークシティ守谷のようなプロジェクトを今後も期待しております(つくばエクスプレス沿線や多摩北部など開発途上地や開発遅れが目立つ近郊エリアで、三井がこれまでにないような新しいニュータウンを誕生させたらどうなるだろうかな、と想像も膨らみます)。


投稿者: ハワード (2006年10月12日)

先のバブル時代に土地の騰貴があった後、地下の急落のため、不動産の価値が極端に下がり、困っている人がたくさんいる。現在地下は下げ止まりか、少し上昇気味であるが、こんなもんでは何ともならない。もう一度土地神話の復活をひそかに期待するのも人情である。


投稿者: いいちこ (2007年1月20日)

20年前に戸建てを購入して以来の住人です。その当時すでに、常磐新線建設促進なんていう立て看板が町内(当時はまだ守谷町)にあちこちたっておりました。20年たってやっと実現。都内への通勤、通学に大助かりです。住環境も文句ありません。


投稿者: みずき野の住人 (2007年10月15日)
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