都心住宅が求められた背景
『パークホームズ』シリーズは、現在、三井不動産レジデンシャルが最も数多くお客さまにお届けしているマンションブランドです。
では、その『パークホームズ』シリーズのはじまりとはいつ頃だったのでしょうか。
それは、今から30年前・1975年のことでした。
『パークホームズ』の名を持つ物件が生まれたその時代にはどんな背景があり、それによってどんなコンセプトが考えられたのかを紐解いてみましょう。
高度経済成長期と呼ばれた1955年頃からの好景気の波によって、個人の生活水準が年毎に伸び、それは集合住宅や個人の住宅、その生活へも様々な影響を与えました。高度経済成長期の前半は「三種の神器」と名づけられた電気冷蔵庫、電気洗濯機、白黒テレビが普及。後半の70年代に入ると今度は「3C」と名づけられたカラーテレビ、カー(自家用車)、クーラーが急速に世の中に広まるとともに生活様式は多様化していきました。

左は60年前後の冷蔵庫。右は72年の車たち。どちらも現在はレトロ・アンティークなどといわれマニアの人にとっては羨望のデザインかもしれません。
1973年、第1次オイルショックが起こり、景気は冷え込みます。それまでの急速な工業化によって都市部へ通勤するサラリーマンが増加していたことから続いていた、大都市圏への人口の流入はおさまりつつあったものの、依然として都市部の住宅不足は解消されない状況にありました。また、都市近郊部へ広がりを見せた住宅需要は遠距離通勤が増えるなどの問題を新たに抱えていました。
このような時代の流れの中で1975年は、大都市の住宅難などの理由もあって戸建では二世帯住宅が世の中に産声を上げたりもしています。ちなみに、カラーテレビの普及率が90%を越えた一方で、白黒テレビも48%ほど合わせて見ている人々がいる時代でした。現在の衛星放送やデジタル地上波などまったく想像もしていなかったといえるでしょう。さて、集合住宅には何が求められていたのでしょうか。